子供を賢い人に育てる母親の例・偉人エジソンの子供時代

エジソンといえば、「私は失敗したことがない。上手くいかない例を一万も発見したのだ」という名言が有名ですよね。
 
時代を超えて私たちを励ましてくれる力強い言葉の背景には、子供時代から大きな困難を支えてきた、偉人の母親の姿が!
 

子供を賢い人に育てた母親の雰囲気が伝わるエジソンの逸話

 

偉人エジソンの子供時代

 
発明王として歴史に名前を残す有名な偉人、トーマス・エジソンは、実は小学校も卒業していないということ。
 
授業ちゅうの先生の話に、「なぜ?」「なぜ?」と繰り返し、学校側から、「他の生徒たちの迷惑になる」と告げられてしまったそうです。
 
1+1=2という算数に対しても、簡単には納得せず、
 
「1個の粘土と1個の粘土を合わせたら、大きな1個の粘土だよ。それなのに、どうして1たす1は、いつも2個だと言えるの?」
 
といった調子で、先生を困らせていたのだと伝えられています。
 

子供を賢い人に育てた母親の姿

 
学校側から「落ち着きがない子供で迷惑だ」と退学を告げられたときも、エジソンの母親は学校による子供への評価ではなく、我が子が秘めている才能を信じました。
 
教会で勉強を教えていた経験もあり、「私が勉強を教える」と決意したのだといいます。
 
自分自身が母親になってから、このエピソードのことを改めて見直したとき、「エジソンのお母さん、すごい勇気…」と感動を覚えました。
 
さらに驚いたのは、エジソンは好奇心から自分の家を火事にしてしまったことまであったという話。
 
「火がどうして燃えるかを確かめたい」とワラを燃やし、自宅の納屋を火事にして大騒ぎになった、と。
 
そんな子に対して学校とお父さんは冷たく背を向けたようですが、お母さんは「この子の教育は私が!」と宣言したのですね。
 
事実だけを客観的に見てみると、学校にも父親にも拒否される、かなり扱いにくい男の子を24時間ワンオペ育児するママ…
 
それでも、エジソンの母親は世間から変わり者扱いされる我が子を否定することなく、その才能を信じて励まし続けたエピソードが残されています。
 

賢人エジソンの名言と母親の言葉

 
10代になって、社会勉強のために列車で新聞を売る仕事をするようになったエジソンは、事故で耳が悪くなってしまいました。
 
伝えられる話としては、車掌を怒らせて殴られたか耳を引っ張られたことで鼓膜が破れたのでは、という説も。
 
いずれにしてもエジソンは、若くして難聴になってしまい、一時は落ち込んだそうです。
 
耳の問題を嘆く若いエジソンに対して母親が伝えたのは、「あなたには、目も鼻もある。健康な体もある。夢を捨てず、努力を続けましょう」といった言葉。
 
年齢を重ねてから、エジソンは自分の耳が聞こえにくいことにポジティブな意味づけをしています。
 
◆ 耳がよく聞こえないことによって私は、いつでも静かな環境で眠ることができる。
 
◆ 周囲に惑わされることなく考えることができて、いたって生産的な思考ができるようになった。
 
雑音が耳に入らないことを幸運だと思っている。
 
そう語っていたと伝えられています。
 

子供を賢い人に育てたエジソンの母親の姿・おわりに

 
周囲や世間の評価に関わらず、我が子を信じ、親子で勇気を持ち続けることの大切さを教えられます。芯の通った母親の心のありかたが、子供に受け継がれることも。
 
男の子をもつ母親として心に深く響いた、エジソンと母親のエピソードでした。