瞑想で人生が変わる・名著『インテグラル・ヨーガ』からの学び

生き方の指針を示してくれる大切な本として、私にとって『インテグラル・ヨーガ パタンジャリのヨーガ・スートラ』は欠かせません。

この本から得た気づきと瞑想の習慣を通し、私の人生にもたらされたポジティブな影響についてお伝えします。

人生が変わる本・『インテグラル・ヨーガ』からの学び

本書のなかでは、悟りを目指して瞑想などの厳しい修行に励み「心が空っぽになった」と言う人について、

『他の思いを全部追い出して、その「心が空っぽになった」という一つの思いを保持していたのだ。それは本当に思いのない状態ではない。』

という指摘の後、このように続きます。

『そこでわれわれは、否定的な想念を排除するかたわら、ある種の肯定的な想念を育む、というやり方をするのである。』

心が、どうしても何らかの思いをつくり出すのなら、それでOK。ただし、

『もし苦をもたらすような思いを作り出せば、苦しむのはおまえだ。利己的であれば、おまえは後で苦しむ。』

『自分自身にはね返ってくるような思いはつくり出さないでくれ。利己を忘れて他人を幸せにしてくれ。そうすれば、お前は最高の幸せ者になれる』

『周囲をみんな不幸にしてしまうようでは、自分自身もけっして幸せであることはできない。』

反対に、他人を幸せにできる自分であれば、幸せな気分にならずにいられないだろう、と。

だから、少なくとも自分自身の幸せのために、他者に幸せをもたらそう。と。

私たちが最高の幸せ者として生きるためのポイント

現実の生活で、日々に追われるなか、利己的な心を無理に消そうとするのではなく、

「自分の平安の維持を目ざす中で、利己的になれ。そういう利己性はちっとも悪くない」

と、『インテグラル・ヨーガ』のなかでは説かれています。

インテグラル・ヨーガ (パタンジャリのヨーガ・スートラ)

「利己的」というと、ネガティブな響きを含むように感じますが、本書のなかで説かれている、自分の平安の維持を目ざす中で「利己的」になれとは、自分の良心の声にはとことん誠実でありなさい、ということだと思います。

たとえば、誰かの何気ない一言に不快な思いを抱いたとき、衝動的に嫌なことを言い返すのか、一度その場を離れて冷静になってから、対応のしかたを落ち着いて選ぶのか。

「自分の平安を維持すること」を大事に考えるなら、おそらく後者ではないでしょうか。

エゴを傷つけられたと感じ、エゴを満たすためだけに相手を攻撃しても、自分の平安は乱されるだけだからです。

また、「他人を幸せに」といっても、もし「自分を犠牲にしている!」という否定的な思いが強い場合は、ネガティブな想念は必ず(目に見えない無意識下だとしても)相手にも伝わり、自他の幸せにつながりません。


その都度、呼吸を整え心を落ち着けて。良心の声をよくきき、自他の幸せのベストバランスを見極めながら、心の平安を維持できるように。

瞑想は、とても優れた方法なのだと教えられます。

おわりに

‐自分自身にはね返ってくるような思いはつくり出さないで

‐心のなかに、肯定的な想念を育むことで、否定的な想念を排除しよう

これらの教えは、いつも私の、瞑想とアファメーションの習慣を後押ししてくれています。

日常生活のなかでは時に、嫌な気分になる現実に直面することもありますし、ネガティブな感情に圧倒されそうになってしまう瞬間もあるもの。

それでも、肯定的な想念を育む言葉へ意識の焦点を集中する習慣を通して、望まない否定的なイメージから楽に遠ざかることが、随分スムーズになった実感があります。

最後まで読んでくださってありがとうございました!今回の内容が少しでも、あなたの幸せへ繋がりましたら幸いです。